キンケツショウと歯科治療 その2
今回は運の悪い人の話からです。ここでお話する運が悪いとは、宝くじに一度もあたったことがないとか、いつも大変な仕事をおしつけられるとか、傘を忘れると必ず雨に出くわすなど、偶然的な要素ではありません。一次的に菌血症になった(一過性菌血症といいます)ことがきっかけでいろいろな臓器に菌が付着し敗血症と呼ばれる重い感染症になってしまう人のことを言います。全くの偶然で発病することは極まれで、以下の条件で発症しやすくなります。
侵入する細菌の数が多い、徹夜明けなどで体が非常に疲れている、管理されていない糖尿病や貧血がある、副腎皮質ホルモンなどの免疫を抑制する薬を長期間使用している、また、心臓に弁膜症や中隔欠損症などの病気がもともとある方も、一過性菌血症をきっかけに敗血症になってしまう可能性があります。特に最後の心臓にもともと病気がある方に、一過性菌血症が起こると、心臓の病気のある部分にその菌が付着し、増殖することがあります。そして心臓が動くたびに多量の細菌を全身に撒き散らす、非常に重い感染症になります。このような病気のことを敗血症の中でも特に「感染性心内膜炎」といいます。
「感染性心内膜炎」になってしまうと入院して手術をしないと治らない場合もあり、最も注意しなければいけない感染症なのです。以前私は、大学病院に感染性心内膜炎で入院した患者さんに、一過性菌血症となるきっかけについて調べたことがあります。
内科のカルテには、感染性心内膜炎の誘因は歯科治療であると書かれていた患者さんでも、よく調べてみると歯医者さんには罹ったけれど観血的処置はしていない方が、何人かいました。また、そのほかには、「ムカデにかまれた」「植木の手入れをしていて指を切った」ことが誘因となった症例もあり、もともと心臓に弁膜症などの病気がある方には、日常の細かい傷にも注意する必要があることが判りました。
さて、歯科治療でも敗血症にならない為に、我々はいろいろな策を講じています。初めて受診された患者さんには、今まで罹ったことがある病気や今治療を受けている病気があれば、それについて細かに状態をうかがいます。また治療を行う当日の体調もうかがい、治療に先立つ感染予防の方法を決めていきます。
もう一つ違ったお話をしますと、重症の歯周病の患者さんでは、ものをたくさん噛んだり、歯ブラシを力任せにしただけで、一過性菌血症を起こすことが判っています。ここに運悪くいくつかの悪条件が重なると、とんでもない感染症に発展してしまうことは前述した通りです。そのような意味からも歯周病は適切な治療や予防をしていきたいものです。