妊娠と口の中
学生時代に人体の仕組みを学んだ時、まず感じたことは人間の体は本当によくできていることでした。私は、どの宗教の信者でもありませんが、神の存在を感じさせました。その中でも妊娠は、ひときわ驚異に満ちたすばらしい現象です。そして神は女性に妊娠という大役を果たすために、男性よりも生命体としての優れた機能を授けたように思います。女性は痛みにも出血に関しても男性より抵抗力がありますし、女性の方が新生児での死亡率が低く、しかも長命です。
しかし、妊娠は女性の一生の中で、最も口の中のトラブルが起こりやすい時期でもあります。その原因は二つあります。
一つはつわりです。つわりにより歯ブラシが口の奥に入りにくくなります。また一度にたくさん食事が摂れなくなり、その分、間食が増えるので口の中の汚れが多くなります。もう一つは、妊娠中は赤ちゃんを守る役割をになうホルモンの分泌が亢進することです。妊娠していない時の数倍から十数倍に達します。このホルモンは血液を介して全身をめぐり歯肉にもやってきます。このホルモンが、歯周病を起こす細菌の格好の餌になります。また悪いことにこのホルモンは、胎児を母体の免疫力から守るためと考えられていますが、母体の免疫を担当する細胞の作用を抑える働きもあります。このために歯周病菌は爆発的に増殖してしまいます。今までなんでもなかった歯肉が、妊娠したとたんに腫れたり、親知らずが痛んだりということはよくあることです。
そういった感染症の治療は、消炎処置に加えて抗菌薬を投与し急性症状を抑えてから、再発を予防するために原因となった歯を抜くなどの根本的な治療を行います。しかし妊娠中は、赤ちゃんのことを考えるとこのような積極的な治療がやりづらく、結果的に炎症を蔓延させてしまうこともあります。従ってお子さんを予定している方は、自覚症状がなくても、妊娠する前に歯科医院を訪ね、感染の源になるような状態がないか診察を受けることをお勧めします。